第２話 「氷影」
ギギィィ・・・
鈍い音を発するドアをひき 氷河は用心深く家の中へ踏み入った
気配の先をつきとめようと 部屋を見渡しかけたその瞬間
チカチカとした無数の光に襲われ 目の前が真っ白になった
「な、なんだっ？！」
光の攻撃をかわし 目を凝らしてみると
眼前に１人の男が立っていた
「フッ 驚いたか 氷河！ ・・・まだ 生きていたとはな！」
「おまえは・・・アイザック！！」
氷河は驚愕しつつも しかし警戒を解かずに訊ねた
「こ、今度も幽霊ではないというのか？」
「どうかな」
息を呑み 目をそらさずに再び問い直してみた
「・・・ここは戦場なのか？」
「どうかな」
「どういう意味だ？」
「ここが戦場になるかならないかは おまえ次第ということだ」
「 ・・・俺には 戦う気はない
ましてや ポセイドンを封じたいま アイザック！おまえと拳を交わす理由などない 」
「 フン、相変わらず甘い奴だな
まあいい 戦う気がないのなら こっちも好都合だ
アクエリアスの聖衣は遠慮なく頂くとするか 」
「なんだとっ？！」
「 何を驚く？カミュ亡きいま 水瓶座の黄金聖衣を継承できる実力があるのは
おれかおまえしかいない
そして おまえにその気がないのなら
もはや おれがアクエリアスの黄金聖衣を纏うことに 文句を言う奴はいない 」
「 なっ、何を言っている？
おまえは北氷洋のジェネラル クラーケンのアイザックではないか！」
「 それがどうした？ さきのアテナとの聖戦によって
ポセイドン様は再び数百年の眠りにつき 海底神殿も崩壊した
磨く柱もない今 その肩書きにしがみついていても 何の意味もない 」
「な・・・アイザック！おまえに誇りはないのか？！」
「 誇り？ あるさ、戦士としての誇りがな！
おれは常にユートピアの為に戦い続ける
出番のないジェネラルでいるより アテナの聖闘士となって平和を守る為に戦い続けて 何が悪い？」
「うっ・・・しかし・・・」
「 聞くところによれば ポセイドン様を利用してアテナを倒し
自ら地上と海界を手中に治めようとした あのシードラゴンでさえ
ジェミニの聖衣を纏って 冥界に乗り込んだというではないか？」
「そっ、それはっ・・・」
「 だから甘いといったのだ ・・・これ以上話すこともあるまい
おれはアクエリアスの黄金聖衣を貰いにいく
せいぜいゆっくり養生することだな 氷河 」
「ま、待て！アイザック！！」
遠ざかっていくアイザックを追おうとすると 先程と同じ無数の光が 行く手を塞いできた
「・・・くっ またかっ！！待て！まだ話は終わってないぞ！アイザック！！
アイザックーッ！！！」
「ハッ？！」
「気がついたようね ヒョウガ」
「ヤコフのマーマ・・・ ここは？」
「あなたの家よ」
落ち着いて部屋を見ると、確かに自分の家の中にいた
氷河は 自分がベッドに横たわっている現実に気づいて 起き上がろうとしたが
激しい目眩がそれを引き止めた
「ウッ・・・」
「まだ起き上がってはダメよ 血圧がとても低いようだわ」
「ヤコフマーマ・・・ そうだアイザック！ここにアイザックがいなかったか？！」
「アイザック？ ・・・いいえ」
（ ・・・では さっきのは夢だったのか・・・？ ）
氷河は この家に入った時の出来事を思い出して 不思議に思った
「ヒョウガ 体力が低下しているのに 夕べ薄着のまま氷原に長くいたのでしょう」
「気づいていたのですか？！」
「 ええ 昨日ヤコフが気づいたのよ
あの子 『ヒョウガのマーマの眠りの番をするんだ』って 毎日この氷原を見回っていたから・・・
夕べは『ヒョウガが帰ってきた！！』って それはもう はしゃいで帰ってきたのよ 」
「そうだったのか・・・それで明け方からここに？」
「明け方？いいえ ヤコフと私は」
ギイッ！！
「かあさま 持ってきたよ！ほら これ・・・あー！！ヒョウガ 気がついたんだね！！」
先程氷河が用心深く開けたドアを 勢いよく開けて入ってきたのは ヤコフだった
「ヤコフ！しばらくだったな！元気か？」
「うん！」
「マーマの眠りの番を ずっと していてくれたんだってな」
「うん！ちゃんと守ったよ！ヒョウガのマーマ 大丈夫だったでしょう？」
「ああ、昨夜見てきた ありがとう」
自分との再会に 頬を紅潮させて喜んでくれているヤコフを 氷河は優しい眼差しでみつめた
「ほらヤコフ それ持ってきたんじゃないの？」
「あっ そうだった！」
母に促されて ヤコフは自分が左手に握り締めている小瓶を思い出し 氷河に差し出した
「はい ヒョウガ これ！」
ヤコフから小瓶を受け取り 中を見ると 蓋の近くまでぎっしりと漬け物が詰められていた
「・・・これは・・・ユンゲウか！！」
「 うん 家にあるのを持ってきたんだ
だってヒョウガ ぼくたちが来たら ドアを開けたまま倒れているんだもの びっくりしちゃったよ 」
「何？」
「だから かあさまと二人でベッドまで運んだんだよね？」
「ええ 結構重かったわよ」
ヤコフの母は冗談気に微笑みながら答えた
「それで ヒョウガに何か栄養があるものを・・・って ぼくだけ家に戻って これを取ってきたんだ」
「ちょ、ちょっと待て！ヤコフ 君たちが来た時には おれはもう倒れていたのか？」
「うん そうだよ」
（ では さっきの気配はヤコフ達ではなかったのか・・・
ならばアイザックは やはり夢ではないのか・・・？）
「ヒョウガ どうかしたの？」
「あ・・・ いや 何でもない」
「まだ顔色がすぐれないようね」
そう言いながら ヤコフマーマは 氷河の手から小瓶を取ると
部屋の中央にある何も置かれていないテーブルに 静かに置いた
「落ち着いたらこのユンゲウ お食べなさいね」
「はい ありがとうございます」
「じゃあ私達は これで帰るから ゆっくりお休みなさい」
「えー もう帰るの？もっとヒョウガとお話したいよ」
ヤコフは （まだ来たばっかだよ）という表情で母をみつめた
「お話はまた今度ね ヒョウガを休ませてあげなきゃ」
「うーん そっかぁ・・・ うん じゃあまた来るね！」
「ああ ありがとう」
ヤコフは母の意見に納得し 一旦外に出て犬ぞりの準備を整えて戻ってくると
「早く元気になってね！」
と言って 帰っていった
氷河は無言になった家で テーブルに置かれたユンゲウの小瓶を
ベッドから静かにみつめた
「ユンゲウ・・・か・・・」
やがて
そう呟いた氷河の 包帯をしていない片方の瞳から
ひとすじの涙が ゆっくりと伝い落ち
白い頬を濡らしていった